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福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)286号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、しかしながら前記追突事故により原告が如何なる傷害を負い、幾何の損害を蒙つたかを明らかにする確たる資料はない。すなわち原告は右事故により頭部をフロントガラスに、背中を後ろのジャッキ格納箱に強打し、そのため頸椎捻挫、外傷後遺症、自律神経失調症、両急性中耳カタル、歯科症状、左急性外耳炎、両側外耳過敏症、耳痛の傷害を受け、成田整形外科病院に頸椎捻挫治療のため、中村病院に外傷後遺症、自律神経失調症治療のため、滝沢病院に両急性中耳カタル治療のため、久原歯科医院に歯科症状治療のため、山田耳鼻咽喉科に左急性外耳炎、両側外耳過敏症、耳痛のため、それぞれ入通院するなど本件事故に因り広範囲の多様な傷害をうけた旨主張し、各病院等の診療費明細や銅直春雄医師の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用するが、これらの傷害は以下に述べる事情と対比して直ちに本件事故に起因する傷害と断ずるには必ずしも充分でなく、また、そのうち如何なる傷害が本件事故と相当因果関係ありやを確定するに充分な証拠もない。

(一)、<証拠略>を総合すると

本件追突事故時の状況は、時速約五〇粁、車間距離一〇米位で先行の原告同乗車に追従してきた被告車は前記交差点で先行車が一旦制動をかけたのを認めたが、その後すぐ制動ランプが消えたので、そのまま交差点を進行するものと思つていたところ、原告同乗車が青から黄の信号に従い停車したのを認め約八米の間隔から急制動をかけ、約8.6米スリップして先行の原告同乗車に追突した。追突による両車の損傷は原告同乗車が後部ボデー、テールランプ外側がこわれ(ランプ球はこわれていない)、鈑金等を入れて合計金八八〇〇円、被告車がフロントグリル、ラジエーターの損傷で鈑金等を含め合計金一万三五〇〇円に達した。追突により助手席に同乗していた原告は身体の向きが変る位ではあつたが、うしろで被告車の制動音やスリップ音を聞いて殆ど無意識のうちにこれにそなえていたことが窺える。事故直後に診察をうけた平塚整形外科医院では原告同乗車の運転者林英一が頸部及び腰部捻挫約五日間の加療を要するものと診断され、原告は頸部捻挫(むちうち損傷)、背部捻挫約一〇日間の加療を要すると診断されているが、林英一については以後二〇日間ぐらいのうちに数回の通院で治癒しており、原告についても事故の翌々日被告が見舞に行つたときには平常の如く勤務先に出勤していた。なお、原告は追突により背部を後のジャッキ格納箱に強打した旨主張しているが、原告同乗車にそのような設備はない。

(二)、次に、<証拠>を総合すると、

(イ)、原告は前記追突事故に遭遇した日の翌日である昭和四四年五月一八日から同年一一月中まで「頸椎捻挫」の病名により成田整形外科病院で治療をうけているが、同病院には、これより先の同年一月下旬博多駅で足をすべらし階段から転落した事故により入通院していたものである。しかも「頸椎捻挫」なる病名の具体的症状を明らかにする資料は全くなく、もつぱら他覚的所見の殆どない自覚症状(不定愁訴)だけであつたことが窺われる。原告は同病院に同年五月一八日から六日間通院し、同月二四日から七月一八日まで五六日間入院しているが、七月に入つてからは病院の給食回数が少く、外出等がひんぱんに行われていたのではないかと疑われる。同年六月二一日成田病院では原告が耳が痛いというので清沢病院に、歯が痛いというので久原歯科医院に紹介し、同年七月一九日には整形外科的治療は終つたとして心療内科系の中村病院に原告を紹介して診断治療を受けさしているが、その後は成田病院に通院したり中村病院に行つたり、耳鼻科、歯科に通つたりというような状態が継続している。なお、成田病院では五月一八日以降入院するまでの六日間の通院分を除き、国民健康保険によつて治療がつづけられている。

(ロ)、中村病院では同年七月一九日から同年一一月一六日までの間一九回通院し、同月一七日から昭和四五年四月四日まで入院しているが、同病院での主治医は銅直春雄医師で、同医師の診断によれば、当初の病名は外傷後遺症、自律神経失調症というのであり、後に右症名に更に頸腕症候群の診断名が附加されているが、その具体的内容は、従前と同じく、眼精疲労の症状で喉のつかえ、背中の痛み、左手のしびれ、右肩痛、不眠、微熱、さむけを感ずるという不定愁訴が主で、外傷症後遺症と診断されているが、如何なる外傷であるかも明らかでなく、レントゲン写真、脳波テストも異常なく成田病院から廻されてきた時点でも整形外科的に異常はみとめないとされていた。結局同医師の診断によれば、本件交通事故が引き金になつて右症状が発生したという以外にない、特に交通事故との関係でいえば示談の有無も関係があるということであつて心因性の賠償性ノイローゼの疑が顕著にみられる。他方古賀順一医師の鑑定書によると、頸椎部に視診上、触診上の異常所見なく、頸椎の可動性正常、運動に伴う疼痛はなく、項部の左側筋肉部より左僧帽筋部にかけて軽度の圧痛があるが、頸椎に叩打痛及び圧痛はなく、スパーリングテスト、アドソンテスト及び過伸展症候(いずれも頸腕症候群の診断法)は両側共に陰性、斜角筋部における上腕神経の圧痛はなく、両上肢の腱反射正常、運動麻痺、知覚異常の証明はなく、両上肢の各関節における粗大力に異常は認められず、握力は右三一キロ、左二二キロ成人女子の正常範囲内にあり、両上肢における脉管学的異常所見なく、両上肢および手指に筋萎縮はみられず、両手指の可動性は正常、レントゲン写真は頸椎、手指すべて異常所見はみとめられず、とされていて他覚的所見は全くない。ただ、原告の自訴(自覚症状)によると、常時さむ気がする、右手関節から末梢のしびれ感および左肩関節から末梢の「ふしぶし」の痛みと左手先にしびれ感があり、背中から上部、頭まで常時痛い、両足関節以下末梢部がずきずきして「かかと」のある靴をはくと特に痛い、事故当日生理第一日目であつたが急にとまつた、現在は順調であるが、腹痛と気分が悪くなる等の訴がなされているが、さむ気、両足関節以下末梢部の痛み、生理痛は頸腕症候群とは無関係、その他の自訴も交通事故によることを確実に証明する根拠は得られないと鑑定されている。なお、銅直医師は昭和四五年四月以降福岡市天神で独立開業したので原告は以後そちらに通院し、治療をうけているが、基本的な神経症的症状に変化はないが徐々に快方に向つている。

(ハ)、前記滝沢病院においては同年六月二一日に両急性中耳カタルと診断され、また前記久原歯科医院においては前同日原告の申出により一四本ほどの金冠歯を全部はいでしまう等の治療をうけているが、それらが本件事故と如何なる因果関係にあるかを明らかにするものはなく、特に右歯科医院における治療後原告が金冠一四本を入れるからと被告にその費用を要求したことから被告が不審を抱き直接前記歯科医院にその点をただしたところ、当初被告には交通事故と無関係といわれ、後に因果関係があるともないともいえないといわれながら、結局原告の申出により同年七月一八日従来の社会保険診療より自賠責保険に切替えられている。その後昭和四四年一一月二五日耳痛がなおらないとして前記滝沢病院から山田耳鼻咽喉科医院に転院しており、山田医院では鞭打症に原因する両側肩凝りによる両耳周囲神経痛と診断されているものの、これは原告の訴によつたものと思われ、前叙の経過と対比して疑問がもたれる。

以上の事実が認められる。<証拠説明略>。

三、以上の次第で、結局、成田病院での診断ではその具体的内容それ以前の転落事故との関係が不明であるし、中村病院での診断は鑑定人古賀順一鑑定書と対比して本件交通事故との因果関係を認めるに充分ではなく、耳痛、歯痛についても相当因果関係ありやは必しも明らかとはいえない(しかも原告の主張する損害額の中には本来損害の填補として控除さるべき保険支払分も含まれている。)。

したがつて現時点ではその余の争点について言及するまでもなく、原告の請求は棄却を免れない。 (麻上正信)

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